日本語教授法

ポスト教授法時代

岡田 誠

 

 

1.はじめに

 

1980年代後半から現在まで、ポスト教授法時代(post methodの時代、methodの死、methodを越えよう)といわれている。本稿では、先行研究などを引用しながら、教授法の変遷の枠組などの違いを紹介してみることとする。

 

 

2.ポスト教授法時代についての先行研究

 

J・V・ネウストプニー(1991)では、「ポスト・オーディンガルの語学教育はいわゆるコミュニカティブ・アプローチから始まったが、現在もまだ完成されているとはいえない。」と述べ、次の三つの問題点をあげている。

 

1日本語教育の社会的機能

2日本語教育とジャパン・リテラシーとの関係

3インターアクション場面の実際使用

 

J・V・ネウストプニー(1991)は、この中で「ビジネスのための日本語教育の必要性」、「国際友情のためになるべきである」、「コミュニケーションからインターアクション(言語、社会言語および社会文化能力)教育に向かう必要性」、「学習者が現在あるいは将来参加すると思われるすべての場面における行動への指導の必要性」などを述べている。これらのためには、D.ハイムズの八つのモデルを基本にコースデザインするとよいと述べている。

 

1点火ルール(どんな場合、何のためにコミュニケーションを始めるか)

2セッティングルール(いつ、どこでコミュニケーションをするか)

3参加者ルール(誰と誰がコミュニケーションをし、どんなネットワークを形成するか)

4バラエティルール(コミュニケーションのルールのどのようなセットを使用するか)

5内容ルール(どのような内容を伝えるか)

6形のルール(内容項目をどのようにメッセージの中で並べるか)

7媒体のルール(メッセージをどのように具体化するか、非言語コミュニケーションのチャンネルのことなど)

8操作のルール(コミュニケーションをどのように評価したり、評価の結果直したりするか)

 

また、J・V・ネウストプニー(1995)では、次のように大きく教授法の型を三つにとらえ、個々の段階において種々の学習法(ダイレクト・メソッド、TPR、サイレントウェイなど)があるが、これらは次の三つのどれかに当てはまるとしている。

 

1文法翻訳法型(GT

2オーディオ・リンガル型(AL

3ポスト・オーディオリンガル型(PAL

 

これらの三つの分類を行った上で、オーディオリンガル(PAL)の教授能力観の基盤を次のように述べている。

 

ポスト・オーディオリンガル(PAL)、つまりオーディオリンガル以後の教授能力観の基盤は、1960年以後の世界的規模における経済などの統合の結果だといえるだろう。・・〈中略〉・・PALの時代になってはじめて学習者のコミュニケーション問題の分析が行われるようになり、コース・デザインへの体系的なアプローチが見られるようになった。

 

J・V・ネウストプニー(1995)では細かく扱っていない、1960年以降の日本語教授法の状況については、伴紀子(1997)が詳しい。その要点をまとめると次のようなる。

 

1.伝統的な日本語教授法が60代にオーディオリンガル・メソッドの科学的な言語理論と体系化された指導法に影響をうけて、新しい教科書が編成され、口頭練習に文型練習などさまざまな練習方法をとり入れられるようになったのだが、それによって伝統的な日本語教授法の理論が大きく変更されることはなかった。この二つの教授法は、言語は構造であり、音声を第一とする、という基本的な言語理論において類似していた。

2.オーディオ・リンガルメソッドも変形生成文法の立場から、あるいは第二言語習得論の立場から批判を受け、また言語教育の現場からも形の練習だけでは学習者の創造的発話力はつかないという意見が強まってくると、次第に言語教育に新たな変革の波が押しよせてくるのである。そして、コミュニケーションの側面に焦点をあてた教授法、コミュニカティブアプローチの誕生となる。

3.日本語教育も80年代に入ってようやくコミュニケーションを中心とした外国語教育(CLT)理論の影響を受け、学習理論の内容が一気に方向転換し、コミュニケーションのための日本語教育をめざす教授活動が動き始めた。

4.70年代から80年代は、主要な教授法以外にも独自の教授法理論に基づいた各種の教授法、TPR、サジェストペディア、サイレントウェイ、CLLナチュラル・アプローチが提唱された。しかしながら、これらの教授法は日本語教育に大きく影響を与えるものではなかった。

5.今日の外国語教育は、言語学や心理学だけではその理論づけは不十分となり、さまざまな関連分野の影響を受けるようになっているため、外国語教育の軌道を大きく変えるほどの教授法は、もはや生まれにくくなっているのかもしれない。現在は、コミュニケーション中心の外国語教育の枠組みの中で変更や修正が求められるCLTの転換期、あるいは教授法隆盛後の状況に入っていると言えよう。

 

伴紀子(1997)のいう、「現在は、コミュニケーション中心の外国語教育の枠組みの中で変更や修正が求められるCLTの転換期、あるいは教授法隆盛後の状況に入っていると言えよう」という記述であるが、このことについては、白井恭弘(2008)が、チョムスキー生成文法の影響で言語の背後にある構造というものが重要であるとする理論が主流になったため、構造主義言語学行動主義心理学の基盤が揺らぎ、オーディオリンガル教授法は理論的支柱を失い、対照分析とオーディオリンガル教授法の時代が終わったことを述べた後、次のように述べている。

 

その後は、音楽を聞かせながら勉強するサジェストペディアや、ほとんど話さずに学習するサイレント・ウエイなど、面白い教授法がいくつか出てきましたが、教授法に関しては、決定打がない、という状況が続いています。しかし、第二言語習得や、応用言語学の知見から、望ましいと考えられている原則はあります。それは、「言語の形式にではなく言語の意味に焦点をあてる、すなわち言語を使ってメッセージを伝える」ことに学習活動の重点を置くことです。これは、「コミュニカティブ・アプローチ」、もしくは「伝達中心の教授法」などと呼ばれています。

 

このように構造主義言語学行動主義心理学という理論が主流から外れ、科学的な研究は「第二言語習得」という分野に移ったことがわかる。

ジャック・C・リチャーズ&シオドア・S・ロジャーズ(2007)では、J・V・ネウストプニー(1995)の時期区分と異なり、次のように三つの時期に分けている。

 

Ⅰ20世紀の言語教育における主要な動向

(「言語教育の歴史」「言語教育におけるアプローチとメソッド」「オーラル・アプローチと場面教授法」「オーディオリンガル・メソッド」)

Ⅱオーディオリンガル・メソッド以降のアプローチとメソッド

(「全身反応法」「サイレント・ウェイ」「コミュニティ・ランゲージ・ラーニング」「サジェストペディア」「ホール・ランゲージ」「多重知能」「神経言語プログラミング」「レクシカル・アプローチ」「コンピテンシー重視の言語教授法」)

Ⅲ現在のコミュニカティブ・アプローチ

(「コミュニカティブ言語教授法」「ナチュラル・アプローチ」「共同言語学習法」「内容重視の指導法」「タスク重視の言語教授法」「ポスト教授法時代」)

 

このように文法訳読法とオーディオリンガルメソッドを一つにまとめ、生成文法の影響後からコミュニカティブアプローチの出現までを一つの時期とし、現在のコミュニカティブ・アプローチを詳細に説明しているところに特徴がある。

また、家根橋伸子(2012)は、第二言語研究における「方法」概念の変遷という観点(注1)から、次のように三区分し、「教授法興隆の時代に定着したコミュニカティブ・アプローチは、社会言語学社会学文化人類学、異文化間コミュニケーション論など、多様な学際的学問分野を背景としている」とし、ジャック・C・リチャーズ&シオドア・S・ロジャーズ(2007)の区分と同じ傾向の区分をしている。

 

1「教授法興隆の時代」前の時代(1960年代まで)

2「教授法興隆の時代」(1970年代から1980年代前半)

3「教授法興隆の時代」後から現在(1980年代後半以降)

 

この「方法」という視点から、トップダウン的に構築される方法と、ボトムアップ的な方法とが提唱され、その両者を融合する方法が模索されてはいるが、社会的構成としての方法観は相互作用の中での学習者の学習過程上の求めに教師がどう答えるかということが方法の中心であると述べている。

白井恭弘(2008)は、コミュニカティブ・アプローチ(注2)のやり方には、「インプットモデル」と「インプット=インターアクションモデル」という二つのやり方があることを述べている。この二つの方法について、白井恭弘(2008)では次のように述べている。

 

インプットモデルは、クラシェンのインプット仮説にもとづいて、「話すことは強制しない」という方針のもと、インプットを理解させることに最大の重点を置く教授法です。それに対してインプット=インターアクションモデルは、もともとは第二言語習得のデータにもとづいて提案されたわけではありません。言語の形式だけでなくその機能も重視する「機能主義言語学」の応用として出てきたものです。ただ、その後、第二言語習得理論の「インターアクション仮説」がその理論的基盤になりました。このインターアクション仮説という理論は、マイケル・ロングが1980年代に提案しています。言語習得の根本的メカニズムとして「インプットの理解」を前提としている点では、クラシェンのインプット仮説を踏襲しているわけです。重要なのは、それに加えて、インターアクション(すなわち会話)に参加することにより、わからないところを聞き返したりして、「意味交渉」がおこるため、相手のインプットがより理解しやすいものになり、それで言語習得がすすむ、という考え方です。・・(中略)・・クラシェンがその後第二言語習得研究の主流から退いたこともあり、現在のところ、インプット=インターアクションモデルが第二言語の教授法の主流として定着してきています。

 

また、白井恭弘(2007・2008)では学習ストラテジーとして、オックスフォードの分類を紹介している。

 

○学習ストラテジー

Ⅰ直接ストラテジー

記憶ストラテジー

認知ストラテジー

補償ストラテジー

Ⅱ間接ストラテジー

メタ認知ストラテジー

情意ストラテジー

社会的ストラテジー

 

 

3.結び

 

先行研究を概観してみたが、このようにポスト教授法は、コミュニカティブアプローチの流れをどのように生かすかという方向で進んでいることがわかる。また、社会的視点や科学的・学際的・博物学的なさまざまな領域の理論を背景としてきているととらえることもできる。学習者にとって、理論と実践とのバランスのとれた教授法、実践で役立つ教授法というものに向かって進んでおり、そこに至るプロセスの違いが問題となっていることがわかる。

 

 

(注)

1

アプローチとメソッドとは大きくはどちらも教授法として理解してようであるとしながらも、伴紀子(1997)は、「原則として言語はいかに教えられるべきかといった理論的な見解を述べたものがアプローチであり、言語教材をどの順番で提示するかなど具体的な教室作業計画を示したものをメソッドとメソッドと呼んでいる」としている。家根橋伸子(2012)は、本来は、「方法」という概念は、「理念・理論のレベルであるapproachと、実践のレベルであるmethod,techniqueの大きな二つのレベルに分かれていた」としている。

2

白井恭弘(2007)では、サジェストペディアやサイレント・ウェイなどの人間の情意面を重視したものを人間重視の教授法(Humanistic Approach)としている。

 

 

(参考文献)

J・V・ネウストプニー(1982)『外国人とのコミュニケーション』岩波書店

J・V・ネウストプニー(1991)「新しい日本語教育のために」『世界の言語教育』1

J・V・ネウストプニー(1995)『新しい日本語教育のために』大修館書店

家根橋伸子(2012)「第二言語(日本語)教育における『方法』概念の変遷と現在-post method時代の『方法』の位置づけを考える-」『東亜大学紀要』第15号

伴紀子(1997)「日本語教育を支える教授法(理論)とその動向」『日本語教育』94号

岡崎眸・岡崎敏雄(2001)『日本語教育における学習の分析とデザイン-言語習得過程の視点から見た日本語教育-』凡人社

近藤安月子・小森和子編(2012)『研究社日本語教育事典』研究社

ジャック・C・リチャーズ&シオドア・S・ロジャーズ(2007)『アプローチ&メソッド 世界の言語・教授法』東京書籍

白井恭弘(2007)「言語習得・発達」『ベーシック日本語』ひつじ書房

白井恭弘(2008)『外国語学習の科学-第二言語習得論とは何か』岩波書店