同格「の」の教え方

古典における同格「の」をどのように教えるか

岡田 誠

 

 

論者は、二十年以上、高等学校と大手予備校で、古典及び古典文法の授業を担当してきた。その際に、生徒を指名したり、練習問題の演習を行ったりすると、主格の「の」と同格の「の」の箇所で躓いてしまい、理解のできない生徒を数多く見てきた。そのため、論者も説明を工夫したり、板書事項を工夫したりと工夫をしてきた。その際、大学入試用の学習参考書も、整理整頓されていて、たいへん参考になった(注一)。生徒の躓く点としては、第一として、「の」は主格なのか、同格なのかの区別がつきにくく、どちらで解釈しても意味は通ってしまう点である。第二としては、同格の口語訳として「で」「であって」「であって、しかも」という口語訳が断定的な性質の口語訳であり、同格として違和感を覚えるというものであった(注二)。

第一の構造に関しては、椎名守(一九九四)『勝つための古典文法五〇』(三省堂・一九一頁)の図解が板書するのにたいへん有効であった(注三)。簡単に示すと以下のような図解である。「の」を挟んで、補われる名詞動詞が同格であることが明示できて、便利であった。

 

名詞+・・連体形(名詞)+読点・助詞・動詞

 

(例文)

白き鳥、嘴と足と赤き(鳥)鴫の大きさなる(鳥)水の上に遊びつつ魚を食ふ。(『伊勢物語』)

 二

小さき(葵)うつくし。(『枕草子』)

 三

卯槌の木よから(木)切りておろせ。(『枕草子』)

 

 第二の口語訳の違和感である。この点については、教師用指導書(別記)として書かれた、岡崎正継・大久保一男(一九九一)『古典文法別記』(秀英出版・一六三頁)では、「の・で・であって」の三首里の口語訳を紹介し、例文では同格の「の」はそのまま「の」と口語訳し、連体形の下に「の・のもの」を入れ、「の」を重ねて「の・・・の・のもの」としている。また、同格という立項ではなく、「対等格(同格)」と立項している。この口語訳の付け方は、たいへん参考になった。その一方で、望月光(一九九四)『望月古典文法講義の実況中継 上』(語学春秋社・二六六頁)は同格の「の」に特殊な口語訳を施しており、関係代名詞の発想で日本語の構造の上下を逆転させ、下から上へという口語訳で関係代名詞のような口語訳も紹介している(注四)。以下の先に示した例文の口語訳を示す。

 

(口語訳の例)

一 

(一般的な口語訳)

白い鳥、くちばしと足とが赤い鳥、そして鴫の大きさの鳥が水の上で遊びながら魚を食っている。

(対等格の口語訳)

白い鳥、くちばしと足とが赤い鳥、そして鴫の大きさが、水の上で遊びながら魚を食っている。

(関係代名詞的な口語訳)

くちばしと足とが赤く、鴫の大きさの白い鳥が、水の上で遊びながら魚を食っている。

二 

(一般的な口語訳)

葵で小さい葵もかわいらしい。

(対等格の口語訳)

葵の小さいのもかわいらしい。

(関係代名詞的な口語訳)

小さい葵もかわいらしい。

三 

(一般的な口語訳)

卯槌にする木適当な木を切っておろしてくれ。

(対等格の口語訳)

卯槌にする木適当なものを切っておろしてくれ。

(関係代名詞的な口語訳)

適当な卯槌にする木を切っておろしてくれ。

 

この説明は、役割としての説明としてはわかりやすいが、この口語訳を採用すると日本語の構造の上から下へという説明が崩れてしまうので、あくまで英文法の関係代名詞的な用法と似ているという説明ぐらいで止めたほうがよいであろう。口語訳しない「の」を設定するのも、古典文法の教育としては避けたいところである。

この同格の「の」の例のように、高等学校と大学とを結ぶタイプの学習参考書には、啓発される点が多い。このタイプの学習参考書も活用しながら、日々の授業に生かすことの有効性を、同格の「の」の構造と口語訳の例を用いて述べた次第である。

 

 

石井秀夫、村上本二郎、小西甚一の著作をはじめ、高等学校と大学との古典をつなぐタイプの学習参考書の存在は重要である。その重要性は、中村幸弘(國學院大學名誉教授)からの御教示いただいた。

この同格の口語訳の問題点については、英語の関係代名詞との比較立場で、拙稿(二〇〇四)「英文法との比較からみた古代日本語における同格用法への疑い」『アステリスク』(六号)で取り上げた。他に、同格という用語以外の諸説をまとめ、同格を認定しない立場を示したものとして、鈴木浩(二〇〇八)「『同格』考」『実践女子短期大学紀要』(第二九号)がある。

椎名守は、予備校や学習参考書での名義であり、本名は、千明守(故人・元國學院栃木短期大學教授)で『平家物語』の諸本の研究者である。同格の分類に関しては、近藤泰弘(一九八一)「中古語の準体構造について」『国語と国文学』(五八巻五号)、小田勝(一九九一)「所謂『同格』の表現価値について」『国語研究』(五五号)、小田勝(二〇一五)『実例詳解古典文法総覧』(和泉書院)が詳細に調査している。

鈴木浩(二〇〇八)「『同格』考」『実践女子短期大学紀要』(第二九号)によると、関係代名詞としての特性を論じたのは、湯澤幸吉郎であると指摘している。