文節の記述

「文節」の記述の特徴

 

岡田 誠

本稿では、『日本語学研究事典』(明治書院)、『日本語大事典』(朝倉書店)、『日本語学大辞典』(東京堂出版)の3冊の日本語学の専門辞典に見られる「文節」の記述の特徴を示してみる。

 

1.『日本語学研究事典』(明治書院)の「文節」の記述

『日本語学研究事典』では、「文節」の項目の執筆者は佐藤武義である(注1)。定義は、以下のようになっている。

 

言語単位の一つ。橋本進吉命名になり、橋本文法の根幹をなす概念。文を実際のことばとして、できるだけ多く区切って、その以上切れない、最も短い一句切りを言う。音声学における音節の概念の類推により、かく名づけた。

 

 解説では、橋本進吉の説明を紹介したのち、研究史として、似たような概念を説いているものとして、大槻文彦、松下大三郎をあげている。また、対立する概念を説いているものとして、山田孝雄時枝誠記をあげている。また、文節の課題として「橋本の文節は形態上からの概念であるが、この範疇の中で、文節相互の連関性を多面的に究めることが求められよう」とし、時枝誠記の「入子型」構造の優位性を述べている。

参考文献としては、橋本進吉のほかに、大槻文彦山田孝雄、松下大三郎、時枝誠記金田一京助、神保格、鶴田常吉服部四郎渡辺実佐藤喜代治阪倉篤義のものをあげている。

 

2.『日本語大事典 下』(朝倉書店)の「文節」の記述

『日本語大辞典 下』では、「文節」の項目の執筆者は岩淵匡である(注2)。定義は、以下のようになっている。

 

橋本文法における言語単位の一つ。橋本文法の根幹をなす、基本的な概念である。文を実際の言語としてできるだけ細かく句切ったものをいう。文を分解して最初に得られる単位であって、直接に文を構成する成分である。文節は、それぞれ一定の形をもち、かつ一定の意味を表す。

 

解説では、橋本進吉の文節、連文節という発展の段階を橋本進吉の著作を中心に扱っている。その問題点として、以下のように述べ、時枝誠記の「入子型」構造の優位性を述べている。

 

「東京・京都・大阪は」の部分は「東京」「京都」「大阪は」と区切るのではなく「東京・京都・大阪はを受けて助詞「は」がまとめて一文節相当として機能していると考えるほうが自然であるなどの問題もある。このほか、述語・修飾語にも意味上のずれを生ずる。いわゆる「助動詞」をどう考えるかなどもその一つであるが、連体修飾や接続助詞を伴って述語に係る連用修飾にも同様に見られる問題となった。

 

橋本進吉に対立するものとして、時枝誠記の「入子型構造」をあげている。また、橋本進吉と類似した概念として、松下大三郎の「単詞」、金田一京助の「語節」、佐伯梅友の「文素」をあげている。

参考文献としては、橋本進吉のほかに、阪倉篤義のものをあげている。

 

3.『日本語学大辞典』(東京堂出版)の「文節」の記述

『日本語学大辞典』は、横書きで記述されている。「文節」の項目の執筆者は森篤嗣である(注3)。定義は、以下のようになっている。

 

橋本進吉により定義された言語単位の一種であり、橋本文法に基づく学校文法の根幹となる概念。橋本進吉は『国語法要説』(1934)において「文を実際の言語として出来るだけ句切った最も短い一句切れ」、「文を分解して最初に得られる単位であって、直接に文を構成する成分(組成要素)」と定義した。

 

解説では、『日本語学大辞典』(東京堂出版)は、橋本進吉(1934)『国語法要説』の前書きの「従来の研究は、言語の意義の方面が主となっているのであって、言語の形については、なお観察の足りないところが少なくないように思われる」を引用して、山田孝雄と松下大三郎の意味論的なものに対立する形として、外形上・音声上のものとして文節を設定したことを述べている。

橋本進吉の著作の変遷を示しながら、その中での橋本進吉の文節、自立語と付属語に関して、以下の例文における文節の問題点を指摘している。

 

「桜の/花が/咲く」という文において「桜の」という文節は「花が」に係ることになるが、実際には「桜の」は「花」に係って「桜の花」というまとまりになってから、「桜の花が」になるはずである。

 

以下の例文については、後の「連文節」という「連文節」を用いれば、「高くなる」で連文節を構成し、それに「温度が」となるため説明できるようになったが、「桜の花が咲く」は説明できないままであるとしている。

 

「温度が/高く/なる」という文において「高い」が形容詞、「なる」が動詞であるため、「高く」と「なる」の間で文節が切れるが、「温度が」「なる」に直接に係るというのは不自然であるし、「温度が/高く」だけをまとまりとみるというのも不自然である。

 

参考文献としては、橋本進吉の著作を示すだけで、ほかの人物のものを示していない。

 

4.考察

『日本語学研究事典』(明治書院)、『日本語大事典』(朝倉書店)、『日本語学大辞典』(東京堂出版)の3冊に共通するのは、橋本進吉の著作から、共通して以下の箇所を文節の形態上の特徴として引用している点があげられる。

 

(1)一定の音節が一定の順序に並んで、それだけはいつも続けて発音される。

(2)文節を構成する各音節の音の高低の関係(すなわちアクセント)が定まっている。

(3)実際の言語においては、その前と後との音の切れ目をおくことができる。

(4)最初にくる音とその他の音、または最後にくる音とその他の音との間には、それに用いる音にそれぞれ違った制限があることがある。

 

 相違点としては、『日本語学研究事典』(明治書院)と『日本語大事典』(朝倉書店)は文節の研究史を扱いながら、時枝誠記の「入子型構造」の優位性を指摘している。『日本語大辞典』は、佐伯梅友の文節の継承についても触れている。

それに対し、『日本語学大辞典』(東京堂出版)は特に研究史や「入子型構造」の優位性には触れていないことがあげられる。『日本語学大辞典』は、問題点に記述を絞り込んでいる記述になっている。

 

以上、三冊の日本語学の専門の辞典の「文節」の記述を比較・検討した。『日本語学研究事典』と『日本語大事典』は、橋本進吉以外の文法諸家で、文節という概念に類似的なものや、対立するものを取り上げ、研究史に力を入れながらも、文節の継承という点についても『日本語大事典』は触れている。また、『日本語学研究事典』では具体的な問題点にはあまり触れていないが、『日本語大事典』では問題点についても触れている。『日本語大事典』は、研究史に力を入れ、橋本進吉の系統の文節に類似的な文法諸家のものを中心に取り上げている。

それに対して『日本語学大辞典』は、文節から連文節に至る経緯を示し、文節の諸問題を取り上げ、他の文法諸家についての研究史ではなく、具体的な文節の問題点に焦点を当てて記述している。

 

1

 佐藤武義は、日本語史の専門家である。そのため、研究史として、大槻文彦から説き起こして執筆していると考えることができる。

2

岩淵匡は、漢字を専門としており、父が岩淵悦太郎である。岩淵悦太郎は、橋本進吉の高弟であり、学校文法のテキストを橋本進吉の監修のもとで執筆した人物である。その点で、研究史に力を入れて執筆していると推測される。

3

森篤嗣は、日本語教育、現代語の理論的研究、認知文法の専門家である。その点で、橋本進吉の文節の諸問題を言語学的に解析する記述に行ったと考えることもできる。

 

参考文献

日本語学会編(2018)『日本語学大辞典』東京堂出版,pp.815-816.

飛田良文編(2007)『日本語学研究事典』明治書院,pp.246-247.

前田富祺・佐藤武義編(2014)『日本語大事典 下』朝倉書店,pp.1777-1778.